高い場所から降ってきた烏の声が、羽ばたきとともに遠ざかっていった。疲労からわずかに呼吸がゆるんだとき、腹部にひときわ強い蹴りが入った。呻いたイタチが続けて咳き込んでいるあいだも、体を蹴る足がとまることはなかった。

 空に紺色が混じりだした夕暮れ時、神社の裏に来る人間はほとんどいなかった。三人の男たちもそれを承知でイタチをここによびつけたものと思われた。敵意をむき出しにする男たちから、態度が気に食わないという難癖をつけられたイタチは、自分が非礼をしたのであれば詫びると述べた。そのすました態度こそが気に入らないのだと、一人の男がイタチの肩を乱暴に押した。男の力に抵抗することもできたが、あえてイタチはその場に倒れこんだ。その方が早く済むだろうという頭からの選択だった。

 地面に倒れたイタチを囲んだ男たちは、罵声を浴びせながらイタチを蹴りはじめた。男たちは腹部や太腿の付け根など、服を脱がなければ見えにくい場所を狙って踏みつけていた。声を出さずに耐えていたイタチは、ただ嵐が通りすぎるのを待つ思いで、衝撃に耐えるためこわばらせた体を丸めていた。

 一族の裏切り者がと罵倒する声の向こうに、かすかに聞き慣れた声を見つけた。うっすらと目を開けようとしたときには、駆け寄ってくる足音も耳に届いていた。男たちが蹴るのをやめたので、イタチはひそかにかたくなにこわばらせていた手足からわずかに力を抜いた。

 苦痛を与えていた三人の影が離れて、イタチは赤い夕焼けの光に目を眇めた。駆け寄ってきた気配から大丈夫かと声をかけられて、イタチは声を出そうとしたものの、声の代わりに咳が出たので小さく何度か頷いた。

 イタチのそばに膝をついたまま、シスイは渋面を並べてこちらを見下ろしている男たちを真っ直ぐに見据えて、現状に至るまでの経緯の説明を求めた。ひとりの男が口をひらいて、そいつが一族を貶めることを言ったからだと大きな声で叫ぶように言った。口を閉じている他の二人も、同意をする目つきでイタチを睨んだ。

 うちはが他の一族と等しいなどという言葉は、うちはに対するこれ以上ない侮辱であると男が荒い口調で続けた。二人の男もその声に頷き、シスイの背後に庇われているイタチを侮蔑の眼差しで睨んだ。

 言葉にして吐き出したことで男たちの苛立ちがいくらか収まったところで、シスイは深々と頭を下げて、弟分の非礼を詫びた。男たちはなおも不満そうな気色を崩さなかったが、一人の男が他の二人に向かい、信の置けるあのシスイが頭を下げてこうして詫びているのだから今日はこれで終いにしないかと述べた。

 ならば兄代わりとしてしっかり反省させろと吐き捨てて、男たちはその場を離れていった。男たちの気配が境内から感じられなくなり、完全に二人きりになったと知れたところで、シスイはイタチを抱き起こしすぐに傷の具合を確かめた。相当に痛めつけられてはいたが、どれも手当を急ぐ必要はない傷だった。

 イタチは自分で動けると応えたが、シスイは少しでも移動を短くできるように背負っていくと言って引かなかった。結局はイタチが折れるかたちで、シスイの背に身を預けた。

「すまない」

「気にするな、いいから乗れ」

 ややぐったりとしたイタチを背負ったシスイは、速度を出しながらも背の体に負担が少なくなるように気遣いながらその場を移動した。

 あたたかい背に身を預けていると、閉ざしていた心がゆっくりとほどけていく心地がした。それにともない、はっきりとは感じなくなっていた痛みが少しずつ戻ってくる。緊張していた体が弛緩して、力が抜けていく心地がした。イタチは目を閉じてシスイの背に身を委ねた。

 シスイは家につくと寝室へ向かい、イタチをベッドに横たわらせた。薬と清潔な布を用意して傷の手当を終えたころには、窓の外はすでに夜のいろが広がっていた。

「フガクさんが心配するだろう。早く帰ったほうがいい」

 手当の礼を述べてベッドから身を起こしたイタチは、シスイの言葉にうつむいて返事をしなかった。汚れた服は洗濯機に入れたので、今はサイズの合わないシスイの服を身につけている。余るシャツの裾を握りしめて、イタチは口を噤んでいた。

 なかなか応えずにいるイタチに、どうしたとシスイが声をかけようとした矢先、帰りたくないとイタチがつぶやいた。

 思いつめたようなイタチの雰囲気を見たシスイは、夜も遅くになって怪我をして帰れば、何があったと問い詰められるのは目に見えているし、そうなれば言い逃れるのは難しいと述べた。イタチは顔をあげると、帰りが遅くなったとしてもシスイと一緒にいたといえば疑われないと応えた。怪我についても、実戦に近づけた稽古に付き合ってもらったなかで負ったものだといえば納得されると付け加えた。

 まだ渋っているシスイに向かい、イタチが手を伸ばして頬にふれた。ひたむきな眸でじっと見つめると、意図はそれで十分に通じた。

 シスイはぐっと何かをこらえるように目を歪めたが、ややあって小さく吐息をついたあとで、顔を寄せて唇を重ねた。

 

 

 

 暗部での任務の中で、イタチはある女に会った。恋人を大きな戦で亡くしたその女は、春を鬻いで生計を立てていた。その女は体を売る中で薬を使い快楽を増して、辛い現実を忘れようとした。哀れな女だった。

 女は恋人を殺した相手を探し出し、体を売って貯めた金を使って雇った刺客を差し向けた。イタチの依頼主は、女が差し向けた刺客に殺された男の家族だった。刺客と刺客を雇った女を殺すことが、イタチの受けた任務だった。

 任務に携わった誰もが女を殺すことを躊躇した。その場にいた全員が女の境遇を哀れんだ。女を殺す役目は、最終的にイタチが引き受けた。

 殺す前に、女はイタチの頬にふれると、自分に似ていると言ってほのかに微笑んだ。生き延びようという気持ちの一切ない、すでに何もかもを諦めて腹をくくった静かな笑みだった。

 イタチは咄嗟に苦しさを表情に出すまいとした。あからさまな情けをかけることは、この女を侮ることになると思った。

 イタチの苦痛を慮った女は、優しくほほえむと、自分の体は薬でもう長くないことをイタチに教えた。ようやく楽になれるとつぶやいて目を閉じた女は、どんな結果になろうとも復讐を果たしたかったのだと、すでにこの世への未練のない声で告げた。

 白い肌に刃をあてがうと、イタチは一瞬で女の命を奪った。亡骸を横たえながら、女は薬を使い、他の男と体を重ねて快楽を得ている間も、復讐の怒りと悲しみを忘れることはなかっただろうとイタチは思った。

 初めてシスイに抱いてくれないかとせがんだときも、今日と同じように同胞に殴られた夜だった。あの日は今日よりもずっと執拗に殴られ続けたせいで、手足に痛みと熱を感じていたのを覚えている。

 目を瞠るシスイの前で、イタチは任務の中で殺した女のことを思い出していた。イタチは、快楽でひとときでも心や体の苦痛を忘れることができるのならと、幼い発想から大人の真似事をしようとした。

 イタチはシスイに、誰かを抱いたことがあるかと聞いた。シスイは首を横に振った。イタチもそうした経験をしたことはなかった。だが、暗部の受ける任務にはさまざまなものがあり、体を使えと指示が出ることも珍しくはなかった。

 暗部がそうした手段を使うことについては、シスイも知っているらしかった。慕い合っている仲でも、別の相手と体を重ねるかもしれないことをある意味で互いに承知している。それがどれほど嫌だろうと、二人の感情ではどうしようもないことだった。

 里であれ一族であれ、二人が変えられるものはほとんどないといってよかった。自分たちだけでは一族の人間たちを説得できないことを、誰よりも了解しているのがシスイ達だった。それでも、一族への働きかけを続けていけばいつかは何かを少しでも変えられるのではないかと、淡い期待を持ったからこそ二人は里と一族のために動くことを決意した。

 当初よりイタチは、里のために命を落とした親族を持つシスイに疑いの目が向かないようにするためにも、自分があえて里側だと露骨に疑われる役目を負うことを選んだ。そうしてシスイは一族から信を置かれる立場となり、得た情報をイタチへと流した。シスイが一族を裏切るなどと考えている人間は、真実を知る人間以外に誰一人としていなかった。

 イタチは時折、戦場での光景に思いを馳せることがあった。戦場では大人も子供も、敵を殺せる力のないものは分け隔てなく死んでいく。年頃はまだ若くともシスイやイタチなどは、自分よりも年上の人間を守って戦うことも多かった。子供だからという理由で守られることはなかった。

 だがいったん戦場を離れれば、子供の言うことには耳を貸す気は微塵もないと、にべもなく撥ねつけられる。ままならない理不尽に、鬱屈を感じることがないわけではなかった。心を埋める苦しさや無力感を、ひとときでもいいから忘れることができるのならと、そうした頭でイタチは大人の真似事をしたいとシスイにせがんだ。

 

 

 

 肌が熱をあげているのを感じながら、イタチは自分に覆いかぶさるシスイの体温を感じていた。鎖骨の上まで捲りあげたシャツが、シスイの邪魔にならないようにイタチは両手を添えて押さえている。

 薄い胸に顔を寄せたシスイが、小さな胸の先に唇でふれた。ぞくりとした感覚を覚えてわずかに身じろいだイタチは、その際にいくつかの傷が痛んだのに小さく呻きをこぼした。快楽からの声ではないのを聞きとったシスイが顔を上げて、やはり今日はやめるかと声をかけてくる。イタチは頑是ない子供の仕草で首を横に振った。

 指先でやさしく撫でるような、刺激ともつかないふれ方で胸の先をかまっていると、イタチの呼吸に乱れはないままでも、胸の先がふっつりと粒になってくる。尖ったところを唇で軽く食んで、口の中に収めたまま舌先で転がしてやると、イタチがかたちのいい唇をひらいて吐息をついた。どこをどういう風にふれれば快楽を引き出せるかすでに知られていることに、イタチはひそかに喜びの感覚を覚えた。時折強く吸いつかれると、服を押さえている手に力が入ったが、傷の痛みはすでに忘れていた。

 体を起こしたシスイが、イタチの腰に手をかけた。イタチは腰を浮かせてシスイが着衣を脱がせようとするのを手伝った。腰の紐を解いてから、シスイが痩せた太腿から下着ごと着衣を下ろした。元より服はシスイのものであるので、大きさに余裕があった分脱がせるのはそう手間ではないようだった。

 手のひらで包むようにしてじかに性器にふれられて、イタチが長い黒髪を揺らした。加減した弱いふれ方だったのが、少しずつ快楽で溶かす確かな意図をもって擦り上げてくる。

 イタチの息が上がってきたころ、シスイが腕を伸ばして引き出しから小さなボトルを取り出した。ここにこれがあることを確かめるたびに、イタチはかすかな満足を覚えた。これが必要なのは自分のためだと思うと、幼い独占欲のようなものが満たされる心地がした。また、ボトルからとろりとした潤滑を手のひらに受けだしているシスイは、青年よりもさらに上の、大人の男のように見えた。

 潤みをまとった指が、やわらかい粘膜の奥へとふれてくる。じかに見えてはいなくとも、少しずつ溶かすように動いているのがシスイの指だと思うと、イタチは浅く息を繰り返した。ときおりひときわ過敏な場所を指の腹がかすめて、そのたびに痩せた膝が震えた。

 十分に潤ませたのちに、シスイが声をかけてくる。ゆれた視線をシスイに据えてたしかな頷きを返すと、シスイが一度身を起こして上着を脱いだ。少し焦れたようなその仕草を眺めていたイタチは、投げ捨てた服が床に落ちる音を聞いた。

 シスイが身を沈めてきたところで、イタチはしどけなく投げ出していた両腕をシスイの肩に伸ばした。しっかりと筋肉のついた、汗ばんだ肩に手のひらをあてると、シスイの吐息が額にかかった。

 潤んだ場所に熱が押し込まれていく。互いに呼吸を近づけながら、まだ骨の細い幼さの残る痩せ身体の負担を気遣いつつ深くまでつながっていった。無理をせずに半ばほどでいったん動くのをやめたシスイは、すぐには動かずに別々の熱が馴染むのを待った。

 シスイがゆっくりと動きはじめると、圧迫感はそのままに、少しずつ苦痛が快楽にとけていく。掠れる声でイタチは何度か名前を呼んだ。敏感な場所をこすられて、息を飲んで体をこわばらせると、内側もぐっと狭くなるのが自分でもわかって、イタチは肌に血のいろを浮かばせて喘いだ。

 鼓動が早くなるにつれて、頭のなかが不規則な快楽で埋められていき、ものを考えることができなくなっていく。上擦った声で名前を呼ぶと、応えるように耳を加減した力で噛まれる。固い歯とやわらかな舌が耳にあたる感触と、獣のような吐息に肌が騒いだ。もう限界が近かった。

 快楽のなかにかすかな恐怖の入り混じった、暗い場所へ突き落とされる心地がした。息を詰めてのぼりつめると、締め上げられたシスイが呻いた。弱い声の交じる呼吸を繰り返していると、切羽詰まったようにシスイが動き出す。無意識に閉じかけていた膝を掴んだ手が、足を強引に開かせるようにするのにぞくりとした。

 程なくしてシスイも息を詰めて吐精した。息遣いが整うまで少しの間をとっていたとき、イタチが小さくつぶやいた。聞こえなければ続きを言うつもりはなかったけれど、どうしたと声をかけてきたシスイは、どうやらこちらの声を拾っていたらしかった。

「オレたちが大人だったら、一族の皆は話を聞いてくれるのか」

 静かに吐息をついたシスイは、応えずに目を閉じた。イタチはそれを非難しなかった。どれほど言葉をつくしても理解してはもらえないことを、自分とてわかっているつもりだった。

 転がり始めてしまった恐ろしい計画は、止められるものではないとわかっている。それでもどうにかして止めたいと願うがために足掻いている二人は、同じ恐怖を抱えていた。止められる方法がないわけではなかったが、それは一族の企てている計画と同じくらい恐ろしい手段になることは明白だった。

 抱き合っているあいだは、悲しみも恐怖もひとときでも忘れることができる。向き合いたくない恐ろしいものから逃げるように、二人はふたたび肌を重ねた。

 

 

 

 肌の熱が引いたあとで、シスイから傷は痛むかと訊ねられた。首を横に振ったイタチは、喉が渇いていると応えた。

 ベッドから出て行ったシスイが、水の入ったボトルと二つの握り飯を持ってきた。二人はベッドの上で水を飲んで握り飯を食べた。握り飯の中身はシスイのものは鮭で、イタチのそれは昆布だった。

 握り飯を食べながら、イタチは目だけでシスイの様子をうかがった。シスイの空気にほんの僅かだがささくれだったところがある。敵意は自分に向いているものではなかった。あるいはシスイは、夕方の連中に腹を立てているのかもしれなかった。怒りを表に出すことの少ないシスイがこうして苛立っているのは、気を許してくれている証拠なのだと思えば不快な思いはしなかった。

 食べ終えて腹がくちくなったところでイタチが水を飲んでいると、シスイが静かな声で呼びかけてきた。イタチは向き直って続きの言葉を待った。

「オレやお前が大人だったとしても、皆の気持ちは変えられないかもしれない」

 落ち着いた声は宥めるひびきがした。イタチは苦しげに目を伏せた。自分たちだけではだめだということも、薄々承知していたことだった。現に、これだけ信頼を置かれているシスイの言葉ですら一族の人間には届いていない。一族の中に、自分たちと同じ心で一族の行く末を憂いている人間がいれば、仲間になってくれただろうか。あるいはもっと革新的なことが行える人間が仲間であったならば、一族を変えられたかもしれないと、イタチは夢を見るように考えた。

 抱き寄せてくる腕に逆らわず力を抜くと、シスイの肩に身を預ける格好になった。互いの体温にふれて穏やかな心地にひたりながらも、なおもかすかな恐怖が胸の底に沈んでいる。いつ失ってもおかしくはない体温だと、どちらも承知しているからかもしれなかった。

「お前は早く大人になりたいだろうが」

 シスイの言葉にイタチが顔を上げた。

「オレはお前が大人でも子供でもいい」

 優しい声音だったけれど、イタチの脳裏にはシスイの言葉に反抗する気持ちが湧いた。一族を変える力のない自分が許せないと、内心で歯噛みしながら逞しい肩に頭を擦り寄せると、あたたかい手のひらが髪をつつんでくれる。長い髪を優しく撫でられ、安堵の心地よさに浸ったイタチはそのまま静かに目をとじた。

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、黒い外套に包まれた広い背が視界に映った。それが鬼鮫だと認識したとき、イタチはふと何もかもが遠くなった心地を覚えた。この街は木の葉からどれほど離れているのかと、頭のなかで地図を広げようとして、確かめたところで詮無いことだと思い返してやめた。

 血の匂いの漂うこの場で、どうして今更に忘れていた記憶を思い出したのか。殺した女が木の葉に遠く血のつながる女だったからかもしれないとイタチは思った。女は木の葉で生まれて人買いに攫われ、売り飛ばされた先でこの街にたどり着いたという。女が売られていくなかで動いた金のことは考えたくなかった。また、女の親が哀れだとも思わなかった。生活のため口減らしに親が少女を捨てた可能性も十分にあった。

 女は依頼主に飼われていて、依頼主の部下と恋仲になったすえに駆け落ちを試みたのだという。殺しに向かう前、依頼内容の確認のため一度だけ依頼主に会いに行ったが、金をさらに積むことも厭わないので惨たらしく殺してほしいという要望となおも憎らしげな態度から、相当に執念深い男のようだった。

 二人を直接手をかけたのは鬼鮫だった。退屈な依頼なのですぐに済ませるという鬼鮫に頷いたイタチは、手間をかけて悪いと述べた。

 追っていた二人を見つけてからは、イタチは何もせず鬼鮫が行動に出るのを眺めていた。自分が手を下すならば依頼主の言葉は黙殺するつもりだったイタチは、鬼鮫が二人を苦しむ間もなく手にかけるのを見ていた。

 この場にいるのがもしシスイであったなら、どのような判断をしただろうかと、イタチは時折埒もない想像をすることがある。鬼鮫とシスイは根の部分に相反する部分があるとイタチは考えているが、二人が同じ選択をするだろうと思えることがしばしばあった。

 二人を殺したのちに、鬼鮫は遺体から爪を剥いで革袋におさめた。イタチは日が暮れる前に鬼鮫と一緒に依頼主のもとに向かった。

 部屋に入ると、鬼鮫は革袋を依頼主の部下に渡した。中を確かめて顔を恐怖に歪めた男が小さくうめいて、袋から顔を背けると袋を他の男に押しつけるようにして渡した。男は青ざめた顔のまま鬼鮫たちの依頼主のもとへ駆け寄り、耳元で何事か早口でささやいた。

 部下から視線を外した依頼主の男は、鬼鮫たちに目を据えるとこちらの望み通り十分に痛めつけてくれたようだと満足気に頷いた。依頼主の男は用意していたものを持ってこいと部下に命じた。一人の男が大きく膨れた袋を持ってきた。

 男の部下から金を受け取った鬼鮫が、金額を重みで確かめてから中身を少し覗いたあとで、懐へ袋をしまいこんだ。用が済んだのならばと踵を返そうとしたイタチを、依頼主が呼びとめた。眉根をひそめて足をとめたイタチは、自分に注がれている依頼主の視線に気色の悪さを感じていた。

 自分は珍しいものと見目のいい人間が好きなのだと告げてきた依頼主は、立ち上がるとイタチはその両方に当てはまるのだと述べた。容姿についてふれてきた人間はこれまでにもいたが、どの人間も目的は同じだった。イタチは、今後この依頼主との間で何かの際に交渉をする場合、自分の体が取り引きの材料にできるようだと悟った。

 歩み寄り、さぞかし大金を積まなければならないだろうなと下卑た楽しげな声音で訊ねながら、手を伸ばしてきた男の手首を横からあらわれた大きな青い掌が掴んだ。

「大した度胸ですね」

 低い声の底には殺気が漂っていた。それまであえて気配を消していたのだと気づいたイタチは、見上げた先の鬼鮫が皮肉な笑みを浮かべるのを見た。

「察しの悪さはむしろ賞賛に値しますよ」

 手首を握りつぶされそうになった男がその場に膝をついて悲鳴をあげた。男の部下が咄嗟に一歩踏み込んできたが、いっそう強くなった殺気に当てられて皆その場で足をすくめた。

 放り出すように鬼鮫が男を解放してやると、手首をさすりながら依頼主の男が自分のものに手を出されたくなければ早くそう言えと吐き捨てた。あざ笑うように口元を歪めた鬼鮫に向かい、イタチは行くぞと声をかけた。

 依頼主の屋敷を出て宿に戻る途中で食料を買い、二人は宿の部屋で腹を満たした。食べ終わったところで、鬼鮫がいつもの習いで茶を入れた。すでに日が暮れていて、窓の外は夜のいろに満ちていた。雲の少ない、星のよく見える夜だった。

 受け取ったあたたかい茶はうまく、ほっとする心地がした。胸からいくらか力がとれたところで、イタチは疑問に感じていたことを鬼鮫に訊ねた。

「どうしてああいうことを言った?」

 非難のひびきはない、ただ理由を知りたいという淡泊な声音の問いかけだった。これまで鬼鮫からそうした欲を向けられたことは一度もなかったので、相手を諦めさせるための嘘であっても、そうしたことを引き合いに出した理由がわからなかった。また、あの場で鬼鮫から感じた怒りは偽物ではなかったことも気にかかっていた。イタチは、何か別の事情から鬼鮫があの場でああしたことを述べたのではないかと考えた。

 大した理由がなければそれでもいいと思いながら訊いたことだったので、鬼鮫から誠実な目で見つめられてかえってイタチが体を固くした。

 体ごとしっかり向き直った鬼鮫が、深々と頭を下げた。あの場はああした物言いをして、二度と同じことをいう気にならないようにあの男に灸をすえる必要があったと述べた鬼鮫は、続けて詫びを告げた。

「気を悪くさせて申し訳ありませんでした」

 イタチは普段みることのない青い髪のつむじに視線を落として、目を丸くしてあどけないまばたきを繰り返していた。大人に謝られたのは初めてだと思ったときに、鬼鮫のことを大人として認識していたことに気づいた。自分のなかにある大人を敵と見る目こそが、今でもなお子供であることの何よりの証拠のように思えた。

 頭を上げろと促したイタチの声を聞いて、静かに鬼鮫が顔を上げて姿勢を正した。居住まいの誠実さにやはり自分にはない大人の雰囲気を感じて、胸にかすかな痛みを覚えた。イタチは、誠実さに応えたい気持ちをこめて、怒ってはいないことを鬼鮫に伝えた。

 鬼鮫の言葉を疑ってはいなかったが、あの場で鬼鮫が見せた怒りは嘘ではなかったとイタチは思っている。多少なりとも、鬼鮫が自分をそういう目で見ているのならば、今後何かの際に体を交渉の手段にできるのかかもしれないとイタチは考えた。鬼鮫も何か隠し事があるらしいが、自分もそれを糾弾できるような身分ではなかった。

 茶を入れようと動いた鬼鮫に、イタチはそっと近づいて逞しい二の腕にふれた。振り向いた鬼鮫をじっと見つめて、目を合わせたまま告げた。

「お前もオレを抱きたいのか」

 軽く目を瞠った鬼鮫の二の腕にあてていた手で、肌を撫でるようにゆっくりとふれた。肘のあたりに手をとめて、さらに体を寄せると体温の近さをより感じた。

 鬼鮫の気配に、殺気とも苛立ちともつかない尖った感情があらわれたのを肌で気取った。こういう欲情の仕方をするのかと、今まで想像したこともなかったことを考えたイタチはわずかに身をこわばらせた。

 肘のあたりに置かれた手に自分の手を重ねた鬼鮫は、細い手をイタチの膝の上へと促す手つきで戻した。視界の外へ手を伸ばした鬼鮫の動きに目を落とそうとしたイタチは、背後に広げられた布の音を聞き取った。

 外套に包まれているのだと知ったとき、ふっと笑みの吐息が上から降りてきた。

「子供には手を出しませんよ」

 やわらかな言い方だった。侮りのひびきのない、いたわりの声音がした。言われたイタチの方にも鬼鮫の心が伝わったためか、不快の気持ちはなかった。

 顔を上げたイタチには、鬼鮫に聞きたいことがまだ残っていた。普段、年下に何かと命じられるのは嫌ではないのかと訊ねると、鬼鮫は取り立ててそうしたことを気にしたことはなく、自分も納得し同意した上で動いていると述べた。

 鬼鮫の言葉に嘘はないとイタチは思った。共に過ごしていくなかでわかったことだったが、鬼鮫は誰かに命じられることをひどく嫌っていた。自分の意思で行うことであれば多少の無理をしてでも成し遂げようとするが、納得していなければ相手の言葉には絶対に従わない。

 膝に手をついて立ち上がった鬼鮫は、イタチを包んだ外套を残して自分の部屋に戻っていった。鬼鮫が出ていったあとで、試みに外套に袖を通してみたイタチは、手を出すために裾を捲り上げた。同じ意匠が施されていても、こちらは随分と大きい外套だと思った。

 

 

 

 その後も長く同じ時間を過ごした。相手が隣にいる時の方が自然に感じられるようになると、互いの気持ちの変化にも気づけるようになった。それでも、胸に抱えた隠し事のために、どちらも常に引いた一線の向こう側にいた。関係が壊れることを恐れて、それ以上踏みこむことはしなかった。

 体調がすぐれない日が増えてきたのは、冬から春へと変わる季節の頃だった。鬼鮫は、イタチの体調の悪さが長引いていることを懸念して、移動を急がずに何度も休みをとった。それを必要ないと言えなくなっていたイタチは、懇意にしていた薬師から勧められて、医術の心得のある男に体を調べさせた。結果が出るまで少し時間がかかるというので、イタチは静かに頷いた。

 

 

 

 鬱蒼とした森を抜ける間にも、たびたび休みをとって移動を続けた。街につくと、イタチは宿を探す鬼鮫と別れて商いの店で賑わう一角へ向かった。

 人混みを抜けて色とりどりの布を扱う店の前で立ち止まり、番をしていた男に金を握らせた。男は金とイタチを交互に見たあとで、店の奥の方へイタチを案内した。店を抜けるかたちで裏口を出ると、一本の小路に出た。頭上には向かいあう家と家の間に渡したロープに、洗濯物がいくつもかけてあった。揺れる無数の服のつくる影のなかを少し歩くと、薬屋と看板の出た店にたどりついた。 

 店に入ると、薬の他に血の匂いがした。奥に座っていた壮年の男は、患者は今しがた帰ったと述べて粗野な手つきでイタチを手招いた。店の中に男と自分の他には誰もいないことを確かめてから、イタチは店の奥へと歩みを進めた。

 イタチは男から、自分の体の中に根付いた病がどういうものであるか説明を受けた。男が話している間、イタチが口を開くことはなかった。元より犯した罪の苦しみから解放される術が死のほかにない身であるので、希望が絶たれたという感覚はなかった。自分は殺した人間たち以上に苦しんで死なねばならない身だと思えば、当然の結果だとも思った。イタチは、罰は罰として喜んで受け入れるが、弟に渡すものを渡すまでは、生き延びなければいけない体なのだという思いを強くした。

 金を渡すと、男は用意していた紙袋をイタチに渡した。苦痛を抑える薬が当分の間足りる分は入っていると述べた男は、紙と筆を掴むように引き寄せると素早く文字を書きつけた。信頼のおける医者と、確かな薬が手に入る店の名前がつづられた紙を差し出した男に、イタチは丁寧な礼を述べた。

 またこの街を訪れることがあれば、そのときはまた世話になると述べてからイタチは鬼鮫の待つ宿に戻った。具合が悪い日が増えてからは、いざという場合のことを想定して、それぞれ別に部屋をとることをしなくなっていた。

 鬼鮫はイタチの行き先について、薄々気づいているようではあったけれど、それにはふれずに茶を入れた。

 茶を飲んだあと、薄い着物に着替えて向かい合って座ったイタチは、ふと、鬼鮫が依頼主の腕を折ったあの日から数年の月日が経っていることに思いを馳せた。誠意をみせなければいけないと、そういう心を持って、口を開いたイタチは自分の体の中に巣くう病のことを鬼鮫に教えた。期待を持たせるのはかえって酷だろうと、どうあっても治らないものであることも、体を調べた男の言っていた通りに伝えた。

 鬼鮫は黙ってイタチの話を聞いていた。真摯な態度は、そう遠くないうちにやってくる日への覚悟を決めようとしているようにも見えた。

「お前にとって、オレはまだ子供かもしれないが」

 やや気弱な言葉を告げながらも、体を寄せたイタチはまっすぐな目で鬼鮫を見つめた。自分の気持ちをわかってくれると、信じる心がそうさせたのだと思われた。

 逞しい二の腕にふれたイタチが口を開いた。

「時間がないんだ」

 切実な声をこぼすと、表情を変えない鬼鮫が視線をイタチの眸に据えたまま腕を広げた。腰のあたりにあたたかな手のひらの感触をおぼえた矢先、抱き寄せられたことで互いの肌のぬくもりをじかに感じた。

 これは夢ではないのだという実感がした。背に腕を回して広い背を抱きしめ返したイタチは、耳に口づけを落とされて静かに吐息をついた。

 

 

 

 時間がないというイタチの言葉を受けて始めたことだったが、鬼鮫はむしろ十分に時間をかけた愛撫を続けた。残されている時間の少なさは承知しているが、だからこそ残りの時を大事に扱いたいという思いが、ふれる手つきに表れていた。

 こめかみに口づけを落とした鬼鮫が、肌を慈しむようにゆっくりと唇を耳元まで滑り下ろしていく。喉のなだらかな起伏まで降りたところで、初めて少しだけ強く肌を吸った。音と刺激にイタチが小さく息を呑んだ。

 帯を解く、布のこすれる音も密やかだった。衣服の前をひらくのも、青く太い指先からは細心の心遣いが感じられた。あらわになった胸の先に指先を押しつけて、やわらかい刺激をあたえていく。過敏な場所であると承知しているぶん、鬼鮫は気遣った愛撫を続けた。粒になってきたところで、さらに顔を下げた鬼鮫は舌を出して小さな粒に舌を添わせた。やわらかく痛みのない刺激のなかで、濡れた感触に気づいたイタチが熱っぽい吐息をついた。

 十分に加減した愛撫を与えられているうちに、体が内側からとろけてくるような感覚に陥った。体のなかで言いようもないものがさざめいていくような、確実な熱でじっくりと溶けていくような感覚があった。シーツの上に投げ出していた腕を伸ばして、厚い筋肉で覆われた体にふれると、何者からも守られているという心地がした。自分の痩せて肉の薄い体とは違う、しっかりと鍛えられた大人の男の体だった。

 行為を進めていくなかで、軟膏に濡れた指を差しこまれ、圧迫感に小さく息を詰めた。鬼鮫は体温で十分に溶かした軟膏を、柔らかい粘膜へ擦り込むように刺激を与えてくる。長く節くれ立った指が、時折過敏な場所にあたって、イタチは咄嗟に身じろいだ。鬼鮫は異物への不快を打ち消す程度の快楽を与えて、イタチの息が上がるほどの刺激は加えなかった。

 準備の段までは体に弱い快楽を与え続けただけで、それほどの苦痛を味わうようなことはなかったが、体を重ねる負担はどれほど手を尽くしてもすべてなくすことができないものだった。潤ませたのを確かめたのち、鬼鮫はイタチに声をかけた。目元を上気させたイタチが、ゆるやかなまばたきで頷いた。

 圧迫感は相当で、イタチも額に汗をにじませた。弱い快楽に浸っていた体からは余計な力が抜けているので、負担自体は大分軽減されていた。

 互いの呼吸が整うのを待ってから、鬼鮫がゆっくりと動きはじめる。深い快楽に沈んでいくような心地をおぼえて、イタチは薄くひらいた口で浅く息をしながらとろりとした目で鬼鮫を見つめた。感覚が鋭敏になっているためか、肌が軽くふれあうだけでも弱い快楽をおぼえた。

「苦しくはありませんか」

 訊ねられたイタチは、首を横に振ったあとで、やや心苦しいという顔をした。

「お前は、気持ちいいのか」

 鬼鮫が自分の快楽をおざなりにしているのではないかと、イタチは懸念して訊ねた。

「ええ、気持ちいいですよ」 

「もっとお前の、好きなようにしていい」

「もう好きなようにさせてもらっていますよ」

 イタチの困惑をやさしく受け止めるような声音だった。

「見せてください、もっと」

 腰を進めてくる鬼鮫の性器の先端が、柔らかい粘膜のなかでひときわ過敏な場所をぐっと押し潰すように動いた。尖ったところのない快楽に、イタチはかすれた高い声で喘いだ。

 鬼鮫はイタチの呼吸を妨げないよう気遣いつつ動いていた。深い息をしたイタチは、頭の中がとろりとした液体になってしまったような感覚を覚えた。

 イタチの限界が近づくにつれて、鬼鮫は加減をやや緩めて苦しくない程度に促した。もうすぐ落ちるという確かな予感が頭の済をかすめていた。浅くひらいた口からこぼれる声が、自分の声ではないような心地のしていたイタチは、ふわりと浮き上がるような快楽にのぼりつめた。

 息苦しさのない快楽に目を丸くしていたイタチは、太腿を掴まれてびくりと反応した。ふれられるとどこも敏感に快楽を拾ってしまう体だけは、普段と同じ気をやったあとの体であることに気づいたとき、鬼鮫がぐっと肌を近づけてきた。

「少しだけ苦しい思いをさせても、構いませんか」

 かまわないと頷いたイタチは、伸ばした腕を頑丈な首に回して、鬼鮫の唇に唇を重ねた。

 なおも加減をしつつ、鬼鮫が自分の欲を追って動き出した。苦しげに息をつく鬼鮫の耳に、たわむれに唇を落としてやると、鬼鮫は少しびくりとした。唇と舌でやわらかく刺激を与えてやると、逃げるように頭を下げた鬼鮫が胸に顔を埋めるようにして、胸の先の片方を舌で押しつぶし、もう片方を指でつまんで転がすように刺激を加えてくる。仕返しをされたイタチがやや上擦った声で喘いだ。

 限界が近づいてきた鬼鮫が腰を進めてくると、さすがに苦しさもあったが、快楽はそれを十分に上回っていた。根本まで押し込んだ鬼鮫が吐精する頃、イタチの薄い腹も白い雫で濡れていた。

 

 

 

 布団を抜け出ていった鬼鮫が、水をもって戻ってきた。受けとった水で喉を潤すと、鬼鮫から体調について訊ねられた。今は大丈夫だと伝えると、そばに腰を下ろした鬼鮫がそっと目元を緩めた。

 ささやかな気遣いを当然のようにする態度に、余裕のない自分との隔たりを感じたイタチは苦く笑みをこぼした。

「オレはまだ子供だな」

 イタチの言葉をすぐに否定することをせず、鬼鮫はイタチの心を汲み取ろうという意思をもって整った顔をじっと見つめた。ややあって、年頃のことだけを言えば、たしかにまだ子供の枠に入るだろうと鬼鮫が述べた。

「……話は少し違いますが、本来ならば年頃の子供というのは親から愛情を受けて、守られるべきものだと私は思います。こういう時代では、そういうものを得られない子供の方が多いでしょうが」

 目を合わせているイタチは、鬼鮫が言葉を重ねて伝えてきた気持ちをしっかりと受けとめた。そういう庇護を受けられなかった自分を憐れんでいる心が伝わってきて、静かなあたたかさを胸におぼえた。また、鬼鮫自身はおそらく、親の庇護を得られずに生きてきた人間だろうと思われた。そういう境遇にありながら、他の子供は守られるべきだろうと述べる鬼鮫の心の優しさを、イタチは愛しく思った。

 子供だからという理由で、大人から庇護を受けたことはなかった。幼かった自分はただ、自分よりも幼く弱いサスケを守ることで精一杯だった。幼かった自分の心を、本当の意味で守ってくれていたのはシスイだけだった。

 低く優しい声で名前を呼ばれて、イタチが顔を上げた。

「アナタが子供であろうが大人であろうが、私はアナタを信じます」

 目を瞠ったイタチの前で、鬼鮫が続けた。

「私の態度は変わりません」

 かつて、同じ言葉を聞いたことがあった。あのときは反抗心が起こったけれど、シスイもそれを言いたかったのだと理解したとき、目元が熱を帯びた。

 罪悪感が胸のなかで膨らんで、イタチは咄嗟に逃げ出したくなる衝動に駆られた。自分が幸福を感じることは許されないと強く思った。シスイも鬼鮫も、思っていたよりもはるかに自分のことを大事にしてくれていたのに、それに気づいていなかった自分の愚かさをイタチは強く悔やんだ。

 腕を掴まれ引きよせられた先で、あたたかい体に抱きしめられる。抜け出そうと腕の中でもがくのを、怪我をさせまいとする意図をもって押さえこまれた。顔は見ないと告げられて、イタチは少しずつ体から力を抜いて身を預けた。

 無理に言葉を言わなくてもいいと鬼鮫は気遣ってくれたが、これだけは伝えなければいけないとイタチは思った。

「同じことを、言われたことがある」

 告げると鬼鮫はかすかに驚いた雰囲気を出して、痩せた体をしっかりと抱きしめた。ここにはいない男の分まで抱きしめようとする意図を感じた。シスイの思いを鬼鮫が理解したことも、イタチの胸を熱くした。

 広い腕の中は、地上のどこよりも息がしやすい心地をおぼえた。イタチは目を閉じて静かな呼吸を継いでいた。