生存if、イタチ、ボルト、サラダ中心です。このイタチさんはもう写輪眼はありません。


 

「イタチのおっちゃん!」

 

街によく通る、まだ幼い声が前を歩く二人組に向かってかけられる。

「おっちゃんじゃなくて先生、でしょ」

その前を歩いていたうちはサラダは振り返り、同じ班員であるうずまきボルトにいい加減にしろと注意した。

「いいさ、俺はどうせ臨時なんだから」

そしてそのサラダの隣を歩いていた男は木の葉指定の上忍ジャケットを着用し、ふてくされているサラダを宥めた。

 

サラダとどこか同じ面影があるこの目の前の男が先週から俺達七班の担当上忍だ。元々の担当上忍はどうしたのかというと、別の上忍としての任務で敵からの襲撃にあい負傷、現在1ヶ月の入院中だ。といっても命に別状はなく暇を持て余してるらしいが。

そしてその木ノ葉丸先生の代わりに担当上忍に抜擢されたのがこの男、うちはイタチさんだ。

 

新しい担当だと顔合わせの時、初めて見る人だと首をかしげたがサラダは大喜びだった。サラダのそんな反応に驚いたが伯父さんだと言われ俺も驚いた。あの尊敬している師の実兄であり、さらには木の葉の中でも指折りの実力者だと知り俺は一気に興味が湧いた。

そりゃ興味の一つや二つ湧くだろう。だってそもそもおっちゃん兄弟いたの?そんな実力者にも関わらず名前も初めて聞いたし。

ちなみにその実力者っていう情報源は木の葉丸の兄ちゃんだ。見舞いついでに新しい担当上忍が誰だったか報告すると目をひん剥いて『凄い人だから失礼な事だけはするなよ!』コレ、って流石にそれは大袈裟すぎなのではないのか。

 

けれどあれだけ必死に前置きをされると普段人見知りしない俺でも少しは身構えてしまう。

『アンタすっげー人なんだってな』

と啖呵を切りサラダに殴られるくらいには俺も緊張していたようだった。

けれど任務を数回こなす内にその人となりが分かり緊張もほぐれていく。普通に優しいし大らかな性格で、任務の時の指示やアドバイスも的確で頭がいい。そして俺が一人で突っ走ってしまった時も何も言わずフォローに回ってくれたりと、むしろ長年付き合ってきた木ノ葉丸先生よりやりやすい、とすら思っていた。

 

(兄ちゃんには絶対言えねぇけど…)

 

もちろん木ノ葉丸の兄ちゃんの時も任務は完璧にこなしてるし、皆気の置けない仲でチームの雰囲気もとてもいい。

しかし木ノ葉丸の兄ちゃんとイタチさんの時とのやりやすさはまた違ったものだった。イタチさんは木の葉丸の兄ちゃんと違い、答えを相手に託すところがある。

 

例えば普段隊長である木ノ葉丸の兄ちゃんが作戦をたて俺達が従うところを、イタチさんの時は作戦の提案を求められた。いつもと違う状況に皆慌てたが拙い作戦であろうと先生はそれを受け入れ俺達主体の任務へと移行した。

案の定失敗は多かったが先生はアドバイスをくれるだけで、その方針を変えることはなかった。皆思い思いにやっていい、残りは全て俺がフォローする。と当たり前のようにサラッと告げられ素直にかっけー…と不覚にも思ってしまった。

それからも作戦は主に俺達が、フォローは全部先生がやってくれた。後で聞いた話では俺達の大体の実力を見るには自分が先導せずフォローに回るのが一番早く、正確に分かるからそうしていたらしい。

そしてそんな任務が何回か終わるとそれぞれ弱点の克服のため前衛後衛など任務でのポジションを定期的に回したりした。そうやっていつもと違った方法で任務をこなし着々と皆実力をつけていったがその中でも俺自身その筆頭だと自覚している。

 

ボルトって伯父さんには弱いよね、とはサラダの言葉だ。それには俺も薄々そう感じていたので特に反論はしなかった。いつもの俺なら上司であろうとすぐ反発し自分の我を通すところが多々ある。

けれどイタチさんはなんというか、全てを見透かされている感じがしてつい萎縮してしまうのだ。萎縮といっても緊張してるというわけではない。ただ俺の意見、もといワガママをいち早く察知し考えてくれるので反発するタイミングがないだけの話だ。

子供の扱いに慣れているというかイルカ校長みたいに教員向きなのかな、と思った。

 

普段はなんの仕事をしているのかと問えば、「暗号の解読や諜報部隊の端くれだったり…殆どがデスクワークだな」と。サスケのおっちゃんの兄ちゃんだからもっと凄い任務を期待していただけにそれには少しがっかりした。「期待通りの任務じゃなくてすまないな」と俺の心を読んだような的確な返答に俺はかなり焦った。

けれどがっかりしたのはサスケのおっちゃんのこともあるが、木ノ葉丸の兄ちゃんがあれほど言うのだからってのも理由の一つだった。

 

凄い人、ってなんなんだよ。

凄い人、というと誰にも言えぬ任務を一人でこなすサスケのおっちゃんだったり、今も前線で戦うことのあるサクラのおばちゃんやいのじんの父ちゃん、今はもう忍として戦うことはないけれど戦争で大きな功績を残したガイさん、そんな人達が頭に浮かぶ。

イタチさんも年齢的にいえば第四次忍界大戦の第一線にいてもおかしくない。しかし戦時中の彼の話は殆ど聞いたことがない。イタチさんの話を戦争を経験したおっちゃんやおばちゃん達に聞けば皆一様に口を濁すのだ。

勿論本人には真っ先に聞いた、すると答えはイエスと返ってきた。しかし後衛についていたのであまり華々しい成果はないらしい。

 

「なーんか納得いかねーんだよな」

 

戦時中以外にも大きな成果があれば話は別だがそこも聞けずじまい。けれど皆一様に彼に一目置いているのはなんとなく分かった。

なにかを隠しているのだろうが何故凄い人だってことを隠したがるのかがよく分からない。

 

そしてそれは本にも書いていなければ、身内であるはずのサラダも知らないというのだ。

 

      

 

『木ノ葉丸先生には悪いけど、私嬉しいんだ』

 

イタチさんが担当上忍になってから彼女はずっと嬉しそうだった。普段何かにつけて対立ばかりしている俺の前でさえ素直に態度に出る程だ。

「同じ里にいるのに伯父さんには数回しか会ったことなくてさ」

しかも主に幼少期の時に会っただけで記憶も殆どない。そのため知らないことばかりでどこで働いているかも具体的にはよく分からないのだとか。

「だからボルトやヒマワリちゃんが羨ましいんだ」

「じいちゃん達のこと?」

うへぇ、と孫バカな祖父を思い出す。

「うん、だって会いたい時に会えるでしょ」

叔母のハナビや祖父宅をよく行き来し、仲睦まじくしていることをサラダはよく知っていた。

 

「伯父さんには何だか距離を置かれてる気がしてさ、聞いてみたら『俺が父親だと誤解されたらサスケに申し訳が立たないからな』って」

確かに幼少の頃であればその可能性がないとも言いきれない。しかし成長した今でも伯父に会える頻度は限られていた。

自分が何かしたのだろうかと悩んだこともあった。けれど流石にそれはないはずだ、だって関係が拗れるまで会ったこともない。

もう一つ原因として思い浮かぶのは両親だ。しかしそれも違う、片手で数える程しか見たことはないが母と話してる時は柔らかい雰囲気だし弟である父とも関係は良好のようにしか見えない。

となると伯父さん自身に何かがあるのかと考えるようになった。

 

「でも今ならほぼ強制的に会えるし、そうなればこっちのものよ!」

腕が鳴る、とでもいうように拳を握り気合いが入っている。普段現実主義で冷静なところは師の面影が見えるが、こうしてやる気に満ち溢れた姿は母譲りだ。

「どういうことだってばさ?」

「今の間に伯父さんとの交流を無理矢理深めて、これからも自然に会えるようにしようってこと!」

なるほど、彼女はファザコン、マザコンとついでに伯父コンでもあったか。

自分のことは大きく棚にあげ、ボルトはあることを思いつく。

「なぁ、その話俺もノっていいってばさ?」

「いいけど?修行でもつけてもらうの?」

ボルトが好奇心を抑えきれないように身を乗り出すのでサラダはまた何か思いついたのか、と眉間に皺を寄せる。

「勿論それもあるけど、イタチさんが何者なのか暴くんだよ!」

謎に包まれた”凄い人”となるとその正体を知りたくなるのが人の性だ。

 

「ふ~ん」

「ふーんって、お前も知りたくないのかよ?」

てっきり乗ってくれるのかと思ったがサラダの反応は薄い。

「そりゃ気になるけど…今はそれより伯父さんとたくさん会う方が先だし。それに下手に詮索して伯父さんがまたどこかにいなくなったら…ちょっとな…」

サラダの寂しげな姿にチクリと胸が痛む。

「……やーめた!俺も普通に修行つけてもらうことにするってばさ」

「ボルト…」

そんな彼の心変わりを知り、サラダも表情が柔らかくなる。

「どうせ引き止めるなら人数も多い方がいいし、アンタも来ていいわよ?」

「素直に来て欲しいって言えばいいじゃねーか!」

言い争う二人の作戦はこうして始まる。

 

しかしこの場にいないもう一人の班員が、そのイタチの全てを知っていたとは今の二人には全く知らぬ事だった。

 

      

 

それからボルトとサラダの作戦は輪を広げた。サラダが珍しく困ってるから助けてやって欲しいとボルトが声を掛けたのだ。

どうやらイタチさんのことは補佐役の息子のシカダイや火影直属部隊隊長の息子のいのじんでさえ知らなかったようだ。皆あのサスケさんに兄なんていたのか、とボルトと同じ反応をした。もしこれで二人が知っていたら俺は父ちゃんに文句を言っていたところだ。

ちなみにイタチさんは修業の話を案外あっさりと了承してくれ安心した。俺は大丈夫だろうと最初から自信満々だったが、サラダがあまりに不安そうだったのでかなり身構えてしまったが。

 

任務で元々分かっていたがやはり忍としての腕は一流で特に師と同じく手裏剣がめちゃくちゃ上手い。いくつもの死角にある的にど真ん中で当て皆の度肝を抜いた。得意なのは火遁とあとは水遁が主らしい。本当は他の五遁も使えるが実践で使用するために極めるのは二つくらいが丁度いいのだとか。

サラダは火遁を教えて貰う気満々だったがそれはサスケに教えて貰えとさらりとかわされてしまった。

 

それで俺達に何を教えてくれるのかというと基礎訓練だとカカシのおっちゃんが卒業試験の時にやってくれた鈴取りゲーム、もとい修行が始まった。

 

一時間の制約つきだが場所はこの前のように森全体ではなく演習場内のみ。それならチームワークで勝てる、とかつて学んだことだけに皆自信満々だったが、まさかの忍術は使用禁止だと言われた。

忍術は禁止だが忍具やサラダのようにチャクラコントールの攻撃はオッケーらしい。先生も忍術は使用せず使う忍具もクナイと手裏剣のみという。なら何とかなるかもしれないと思った俺達は甘かった。

 

無理、死ぬ、自信なくす、皆が修行中、口々に吐いた言葉だ。だって最高で九人対一人でやっているのにまだ掠りさえできず惨敗中なのだ。体術には一等自信のあったメタルもこれには流石に落ち込んでしまい一人修行メニューを増やしていた。

しかもその修行ではルールを破ると、例えば忍術を使うとペナルティが発生する。その上ペナルティはやった本人ではなく同班の他の者に科される。ミツキがクセでよく手を伸ばしてしまうため、同じ班の俺がペナルティとしてその修行中足や腕に特性の重しを付けることになった。

「ごめんねボルト」

ニコニコと笑みを絶やさない親友は本当に申し訳ないと思っているのか。

 

そんな感じでこの修行ももう五回目。最初は稀に見る美形だと熱をあげていたチョウチョウも体術が得意でないデンキ、いのじんも早々にへばってしまった。

「だから修行になるんだろ?」

と爽やかににこやかに告げる相手は汗ひとつかかず息も乱れていない。開始既に三十分、こちらは死屍累々だ。

 

「各々忍をやっていれば得手不得手が分かってくる。だから皆その特技を伸ばしサクラさんであれば医療忍術に、山中家であれば感知部隊に身を費やしている。けれど君達はまだその手前だ。

勿論自分のポジションを自覚し仲間と手を取りながら勝利に導くのもチームワークだ。けれど仲間の弱点をカバー出来る程、特技が突出してるワケでもなければその弱点が本当に弱点なのだと決めつけるのもまだ早い」

要は基礎くらいちゃんとやっとけってことだ。皆下忍になり任務で経験を積むことで新たな術を会得してきた。けれど今ここで基礎の話をされるとは。しかし結果はご覧の通りなので誰も文句は言えなかった。

 

シカダイ達はともかく俺達は任務が終わると修行、修行がない時は任務ともう家に帰ったら泥のように眠る日々を送った。

 

その日も七班での修行が終わりヘトヘトになって帰宅した。母に夕飯はいらないと詫び早々に眠りたいとベッドにダイブした。

たかが鈴一つ取れなくてこの様だ。次こそは、といつも挑んでいるつもりだが最初のスタートラインから前進出来た気が全くしない。

 

(これで本当にイタチさんを繋ぎ止められるのか)

 

この修業の元となったサラダの話を思い出す。そりゃ最初よりは気軽に雑談出来るようにもなったしこれだけ頻繁に会っていれば身近に感じるようにもなる。

(それが俺達だけってこともあるけど…)

そう、一番心配なのがこちらがどれだけ親しみを感じていたとしても相手が全く心を開いていなかった場合だ。

流石に全くと言うことはないだろう。現にイタチさんはプライベートでも俺達を見掛けたら声を掛けてくれるしたまに団子とか奢ってくれる。

 

そう、あの人は意外にも甘いものが好きだ。サスケのおっちゃんと同じで嫌いなのかと思ったらそこは似ていないようだ。甘味屋で三色団子を山盛りにして食べているところを見た時は流石に少しひいたが。

時々街中で見掛けるとシカダイやチョウチョウ達もご馳走になっていたり、イワベエやデンキも熱心にアドバイスを聞いたりしているし仲が深まっているのは間違いない。

 

(てかそもそも俺達が最初に誘ったのって十班だけだったしな)

ふふっ、と修業に意地になり過ぎた自分達を思い出しほくそ笑む。最初は七班だけでやっていたがこのままでは一生掛かっても鈴なんて取れないと十班を誘ったのがきっかけだ。しかしそれでも取れないと分かるといのじん辺りが話を持ちかけたのだろう、今では九人対一人と最早イジメに近い。

 

しかしそれでも修業で勝てたことはまだ一度もない。もうその時点で俺の中の最初の問題、”凄い人”というのは身をもって実感したのだった。

 

        

 

「おー!待ってたぞコレ!」

 

久し振りに見る姿は元気そのものだ。今日は任務もなく修行も皆の都合がつかなかったので木ノ葉丸先生のお見舞いにきた。

ちなみにこれは別に木ノ葉丸先生を後回しにしてるわけじゃないからな。一応独り身だがミライさんや同期の先生達も顔を見せてるらしいし生活にも困った様子はない。けれどやはり自分達の先生ということもあり顔は出しておかねばとサラダに引きずられて来たのだ。

「もう大丈夫なんですか?」

「思ったより元気そうですね」

俺とサラダは一応見舞いの品を持参したがミツキはどうやら身一つで来たようだ。しかしそれは皆想定内、誰も気にも止めず会話は弾む。

 

「それよりお前たち、イタチさんに修行つけて貰ってるらしいな」

勝てないだろ?と問われ皆大きく頷く。

「そうだ!なんか先生の弱点とかないのかよ!」

サラダもミツキもそれだ!と木ノ葉丸に期待の眼差しを向ける。

「あ~悪いなコレ、俺も実はイタチさんと仲がいいってわけじゃないんだ…ステーキとか肉類がダメって話は聞いたことあるけど…」

「そんなの私でも知ってます」

しかも修行に全然関係ないとサラダが一刀両断する。しかもその情報も人伝となれば木ノ葉丸とイタチの交流が浅いのは明白だ。

「それならサスケさんか…七代目なら何か知ってるかもしれないな」

「パパはまだ帰って来てないから…」

「父ちゃんってイタチさんと仲いいの?」

「仲が良いかは知らないけど、そもそも担当に指名したのも七代目だろ?ある程度親しいんじゃないのかコレ?」

なるほど、確かにそれも一理ある。

「じゃあ頼んだわよボルト」

そういうことなら任せとけ!と意気込んだがあの多忙の父が家に帰ってくるのがいつになることやら…。

 

「それで、先生はいつ頃退院するんですか?」

するとミツキが今までのやり取りを見て彼の体調を察したのだろう、それはそう遠い日の話ではないと。

「医者に聞いてみないと分からないが…恐らくあと数日か一週間、ってとこだなコレ」

「「一週間!?」」

サラダとボルトの声が病室に響き渡る。

「あと一週間で鈴取らなきゃいけねーのかよ!」

絶対無理!とボルトは頭を抱える。

「落ち着いてボルト、とりあえず皆で作戦会議をー…」

「二人とも何でそんなに慌ててるの?木ノ葉丸先生が戻ってきたとしても修行はまた別の話でしょ?」

「「あっ……」」

確かにミツキの言う通りだ。一瞬でも自分と同じ思考をしたのが嫌だったのか、サラダは顔を真っ赤にしていた。

 

「な、何だか俺は早く復帰しない方が…いいのか…?」

「ち!違います先生!先生が戻って来てくれたらすっごく嬉しいです!!」

「そうそう!これには色々事情が…!」

その日は落ち込む木ノ葉丸の兄ちゃんを慰めることと、これからの作戦のことで頭がいっぱいだった。

 

(弱点か…)

 

過去に父の弱点を聞きたいと師にせがんだことを思い出す。あの頃の俺はただ目の前の事実しか見えておらず、そんな自分を師は暗に諌めたがそんなことにもまだ幼い自分は気付いていなかった。

「ただいまー…とっ」

玄関を見るとそこには母と妹のものが見当たらず、その代わりここ一週間なかった者のくたびれた靴が置いてあった。

 

「イタチの弱点?」

奇跡的なタイミングで帰っていた父を風呂上がりに捕まえ、リビングに連行しソファの向かいに座らせる。ボルトは今までの経緯を話し、これが本題だと強調した。

「忍術も無しでイタチと鈴取りって、また無茶な修行してんだな!」

面白い話を聞いたと顎に手をやりニヤニヤとその様子を思い浮かべている。

「で、どうなんだってばさ」

「弱点かー…無いな!」

清々しい程はっきりと断言され一瞬何を言われたのか分からなかった。

「な、なんかあるだろ!?」

むしろそうであってくれと我に返ったボルトは必死に食い下がる。

「いやだって、アイツめっちゃつえーし頭いいし…俺だって九喇嘛の助けがなかったら勝てるかどーか…」

そんなに強いのか。里の頂点にまでこうも言わしめるとはウチの担当上忍は本当に何者なんだ。

 

「つまりすげー人ってことか…」

「すげー人?」

しまった、声に出ていたか。少し迷ったが父が前のめりになるのでボルトは最初に木ノ葉丸に聞いた事をそのまま話した。

「確かにすげー奴だってばよ。なんたって俺に火影の教えを説いてくれたのもアイツだからな」

「嘘だろ!?イタチさんはなんて?」

それはほぼ父の師のような立ち位置なのではないか。しかしそれは否定された、ただ大切な事を教えて貰っただけだと。

 

「俺はそん時一人で焦ってたんだ。自分にしかない力があって俺がやらなくちゃならない事がはっきり見えてきたから。そん時イタチが言ってくれたんだよ、火影を目指すなら覚えておけって」

父は懐かしい思い出を語る口調から次第に決意を新たにしたような目付きに変わる。

「『“火影になった者”が皆から認められるんじゃない、“皆から認められた者”が火影になるんだ』だから一人で何でもやろうとするな、仲間を忘れるな、ってな」

ニカッと笑みを浮かべ、まるで壮大な物語を語り終えたかのように息をついた。

「かっけー…」

そんな父の話に自然と心の声が漏れてしまう。

「そうだな、かっけー奴なんだよアイツは」

「サスケのおっちゃんとどっちがかっけー?」

「んぅ!?えーと…難しいな…」

気軽に聞いただけだったが意外にも父は真剣に悩み始めているようだ。

 

 で、結局イタチさんって何者なんだよ」

そうだ、凄い人だということは何となく分かった。しかし結局彼自身が何者であるかは分からずじまいだったのだ。

「何者ってお前な…」

「だってなんか活躍してたわけじゃないんだろ?」

そんな目立った功績がないにも関わらず皆イタチのことは一目置いている。父は里の頂点、恐らく彼の事について知っているのだろう。

 

「…ボルト」

すると父は俺が知りたいことを察したのか途端に仕事用の顔つきになった。反射的にこちらも背筋を伸ばし手を膝に置いてしまう。

「賢いお前のことだから察してるんだろうが…確かに人に隠し事をされるってのはいい気分じゃねぇよな」

やはり彼には何か大きな秘密がある。それが漸く確信になった。

「でもな、俺がお前に今その話をしても互いのためにならねぇ。それもお前は分かってるはずだ」

けれどその秘密を話す気はないようだ。

「そうやって誤魔化してるだけじゃねぇの?」

そう言われると反発したくなるのは相手が父だからか、はたまた元の性格か。

「ボルト」

もう一度名前を呼ばれると前には火影ではない、普段の父の姿があった。

「人ってのは一度知ると、知らなかった頃には二度と戻れねぇんだ、絶対に」

ゆるりと立ち上がり俺の隣にボスンっと座ると頭をがしがしと撫でてくる。

「お前の頼みを聞いてやったんだ。俺からの頼みも聞いてくれないか?」

無理矢理父の腕をどかせるとそこには温和な笑みがあった。

「もう少し…せめてサラダが知るまでは、お前も知らないままでいてやってくれないか」

頼みというより俺がそうすると分かっているような余裕さえ窺える。抵抗したいところだが何分繊細な話だけにこれ以上聞くのは駄々をこねるだけになるかと諦めた。

 

「…けど結局父ちゃん俺の質問にちゃんと答えてねーじゃんか」

しかし文句の一つは言いたくなる。

「んーそうだな、弱点ていうか俺が唯一イタチに勝ってたとこならあるってばよ」

「んなのあるなら先に言えってばさ!」

思わぬ言葉にボルトは苛立ちと期待を込め父の肩を両手で思いっきり揺さぶった。

「わりー今思いついたんだよ。俺が勝ってたとこはー…」

「勝ってたとこは…!」

 

「あら、二人とも帰ってたの?」

玄関から音がし、ヒナタとヒマワリが買い物帰りなのか袋を持ってリビングに入って来た。

その先には父息子が何やら言い争っている。

 

「なんだよそれ!全然参考になんねーじゃん!!」

「何だとぉ!?俺ってばこれ一つで今までこの忍界を…!」

「あーどうすんだよ!このままじゃ勝てねーってばさ!」

ボルトは喚く父を無視してソファに沈むと皆になんと言えばいいのか頭を悩ませた。

 

        

 

そしてその数日後、今は任務先に向かう最中だ。あれから俺達は二回修行を申し込んだがそのどれもがまだ不発。

ゆえに任務中だがボルトとサラダの二人は修行のことで頭がいっぱいだった。

しかしそんな二人の頭が任務先でのあるやり取りのせいでひっくり返される。

 

「…ねぇ、さっきのどう思う?」

 

「俺が分かるわけねぇじゃん…」

 

二人はこそこそと小声で話し、前を歩く先生と残りの班員の背中を見る。

 

その日もただのDランク任務だった。火の国の外れにある小さな村の近くに最近巨大な熊が出るという、その退治が今回の依頼だ。

依頼人の家を訪れ木の葉の正式な書類を差し出し互いに顔合わせとなった。こんな小さな子で大丈夫だろうかという女性の不安を蹴散らすようにボルトは快活に声をあげる。

「俺うずまきボルト!俺にかかれば熊の一匹十匹…」

「うちはサラダです、前にも熊の討伐はやったことがあります。任せて下さい」

「ミツキです」

ミツキはにこやかにそれだけ告げる。しかし前の二人が自信満々だったからか女性の不安も少しは和らいだようだ。

 

「うちは…?」

すると誰かがサラダの名前を恐る恐るといったふうに呟いた。

「あら、おかえりなさい。木の葉の方が見えてるわよ」

亭主と思われる壮年の男が土仕事を終えた格好で裏口から入って来た。

「うちは一族は滅んだと聞いていたが…」

「…詳しいんですね」

その話にサラダは自身の身の振り方をどうするべきか上辺の会話を続ける。

「主人は木の葉の里の出身なんです」

亭主はそう言いこちらへ来ると奥にいるイタチの顔を見た瞬間目を見開く。ガララ、と金バケツの音が響いた。

 

「あんた…名前は…?」

じっとイタチの顔を見て慎重に一歩、また一歩と近付いてくる。イタチは口を噤んだままだったがそれも一瞬のこと、すぐに口を開いた。

「今回、第七班担当上忍を勤めます、名は」

「ねぇ、さっき獣の声がしたんだけど例の熊が近くにいるんじゃないかな?」

すると唐突にイタチと依頼人の間に顔を挟んだミツキが告げた。

「えぇ!?畑!ちょっとアナタ畑見てきて!」

「おっ、おう」

主人も慌てて鍬を持ち裏口へ向かう。

「じゃあ僕達も行こっか」

ミツキはなんてことないよういつもの調子を崩さず家を離れた。

 

「あからさまだったよね」

「おう」

普段ミツキを知らない人は本当に熊が現れたと思ったかもしれない。しかしいつもの彼を知っている自分達からすると彼の行動は違和感しかなかった。

「あのおっさんに…いやミツキに聞いた方が何か分かるだろうな」

そうだ、何故思いつかなかったのか。彼はあの大蛇丸の息子、何を知っていようと不思議ではない。

「…でも、ミツキが珍しく庇ってくれたんだからきっと大きな意味があるんだよ。だから…私はそれを無理矢理暴くのはよくないと思うの」

彼女は前にも同じようなことを言っていた。その秘密を知ってしまえば彼がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと。

 

 『人ってのは一度知ると、知らなかった頃には二度と戻れねぇんだ、絶対に』

父の言葉を思い出した。

(そっか…)

単なる好奇心が元で動こうとする第三者の自分と違い、恐らくサラダは何となく直感でわかっていたのだろう。

一度知れば取り返しがつかなくなる、だから彼女はずっと慎重だったのだ。

「ごめん…」

「ううん、でもきっと話してくれるよ。それがいつになるか分かんないけどさ」

どこか寂しげなサラダを横にボルトは一ついいことを思いついたと顔をあげる。

「ならさ!修行に勝ったらイタチさんのこと何でもいいから一つ教えて貰おうぜ!」

ヘヘッと鼻の下を擦るとサラダの顔がぱっと明るくなる。

「いいわねそれ、決まり!」

 

するとサラダはもう決意を固めたのか、早速今のことを報告しに前の二人へと駆け寄った。

 

    

 

しかし終わりというものは唐突に訪れる。

 

結局熊の退治もすんなり終わった。その後依頼人も熊のことで頭がいっぱいだったのか普通に礼を言われ里へと帰ってきた。

 

「もう起爆札をばーっと使って」

「演習場破壊する気?そもそもそれを皆がかわして伯父さんに奇襲をかけれると思う?」

「うっ…」

「なら時間差でトラップを仕掛けるのはどうだろう?それなら起爆札でも…」

「でもどうやって伯父さんをそこまで誘導するか…」

歩きながらの作戦会議は進むがそのターゲットが目の前にいるのを忘れないでほしい。

 

「第七班、帰還しました」

火影の返事が聞こえ失礼します、と入るとそこにはよく見知った人物が火影机の前で立っていた。

「木ノ葉丸先生!」

「先生なんでいんだってばさ!?」

「なんでってそりゃ退院したからに決まってるだろコレ!」

教え子の素直な喜びを期待していた反動か、半ば半泣きで訴える木ノ葉丸に皆慌ててフォローを入れる。

「とりあえず報告が先だな、木ノ葉丸は下がらなくていいぞ」

すると火影であるナルトがその場を仕切り直しイタチが前に出て簡単な報告を済ませた。

 

「ー…以上になります」

「よし、ご苦労だった。これにてイタチを第七班の担当から解任する」

「「えっ!?」」

それに声を上げたのが俺とサラダだ。

「えっ、て…お前ら後で木ノ葉丸に謝っとけよ…?」

しまった、そっと振り返ると後ろで木ノ葉丸の兄ちゃんがミツキに慰められていた。よく見ると彼の手元にはいくつかの紙の束が握られている。恐らく自分がいなかった間の俺たちの任務を確認していたのだろう。

そりゃそうだ、木ノ葉丸が戻ってきたら臨時の担当であったイタチは担当を外れる、当然のことだ。

「すみませんイタチさん、今回担当を引き受けて頂きありがとうございました」

やっと立ち直った木ノ葉丸はイタチに一礼しボルト達を恨みがましい目で見た。

「いえ、俺も楽しかったですよ」

世辞なのか本当なのか分からない言葉が交わされる。

 

「よっし!じゃあ俺の快気祝いにどっか食べにでも行くか!」

すると木ノ葉丸がその空気を吹き飛ばすように快活に宣言した。

「マジで!?焼肉だー!」

そんな美味しい話は聞き逃せないとボルトは素早く乗った。

「や、焼肉とは言ってな…」

「それなら早く言ってくださいよ!ママにも連絡しないといけないし…!」

「ごちになります」

「どこでその言葉覚えたんだよミツキ…」

騒々しい四人の行先はどうやら焼肉で確定のようだ。

「イタチさんも行こうってばさ」

それにボルトは当たり前のように声を掛けた。

「いや、俺はまだ報告がある。皆で楽しんできてくれ」

しかしそれはサラリとかわされる。他もなら仕方ないという風だったがボルトはそんなイタチの様子に何か引っ掛かりを感じた。

 

(あれ)

 

確かにまだ報告があるなら仕方ない。普段の自分なら特に何も思わず納得するだろう。

しかしこの瞬間、先程まで普通に喋っていたはずの彼との間に大きな壁を感じた。

(待てよ?だって、)

その引っ掛かりは大きな不安へと変わる。

さっきイタチは木ノ葉丸がいるって分かった時どういう反応をした?キチンと見たわけではないが特に驚いた様子もなかったはずだ。

それにそもそも担当上忍の交代がそう易々と交わされるものなのか?父ちゃんは俺たちからすれば唐突とも言えるように担当解任を告げたが本人に何の報告もなくいきなり言うか、答えはきっと否。

 

イタチさんは、今日で俺達との任務が終わるって知ってたんじゃないのか?

 

けれど彼は今日一日、俺達にそんな素振り一つしなかった。それが示すことにグッと胸が締め付けられる。

「…じゃあ次は修行の時だってばさ」

「あぁ、楽しみにしているぞ」

疑問を口にしたい衝動を押さえ付け何とかその場をやり過ごす。

 

先程の任務の帰り際、次の修行の約束を取り付けた。今思えばあの時の彼は少し渋っていたようにも思う。けれどもしあのタイミングで修行の話がなかったらきっと彼は何も告げず、何も残さず俺たちの前から消えていたのだろう。

『これで本当にイタチさんを繋ぎ止められるのか?』

いつかの自分の言葉を思い出す。先生と修行を始めた頃そんな不安があった。けれど任務をこなし修行もして顔を合わせる間に少しは親しくなったと思っていた。

 

しかし相手の心が全く開いていなかったら、今までの俺達は、サラダの願いは。

 

     *  *  

 

本日も快晴、本来であれば影などで居場所がバレにくいため曇りの方が好ましい。

しかし気合の入った今日の俺達にはうってつけの空模様だ。

 

「よっし!今日こそやるってばさ!」

 

「「「「おうっ!!」」」」

 

よし、と意気込むも今日集まれたのは七班と十班だけ、しかしシカダイいわくこの作戦にはこのくらいの方が丁度いいらしい。

「そういえば七代目に聞けたの?先生の弱点」

ぎく、掛け声は言わなかったクセに余計なことは言うミツキに恨みがましい視線を送る。

「聞いてたんならもっと早くいいなさいよ!」

サラダが信じられないとばかりに吠え出す。勿論それに関してはあの夜に聞いたのだがあまりにも参考にならなかったので今の今まで言わなかったのだ。

「絶対がっかりすんなよ…?」

 

大きく前置きし父の言葉をそのまま真似る。しかし皆聞き終えると脱力したように溜息をついた。

「そんなの弱点じゃないじゃん」

「もっとまともな話聞いてきなさいよ~」

「うっせー!」

案の定ブーイングが飛び出しボルトは心の中で父を恨む。だから言わなかったというのに無理矢理言わせた同期も同様だ。

「うん…そっか、そうだよね」

しかし皆と違いサラダだけはなにかを掴んだように呟いた。

 

場所はいつもの第六演習場、ここは小さな草原と周りには木や茂みが多くあり俺達が一番やりやすい場所だった。準備を終え向かうとそこにはすでにイタチさんが立っている。

「なるほど、そう来たか」

気配を感じイタチが振り返ると、そこには同じ木の葉の外套に顔が隠れるまでスッポリとフードを被る同じ姿が六人。

「服までは指定されてねーからな!」

喋ったら中身がバレるぞ、と後ろの一人に耳打ちされ慌てて口を閉じる。

「じゃあ始めよう」

時間はいつも通り一時間、その間にイタチの腰につけている鈴をとれたらこちらの勝ちだ。

 

「散っ!!」

 

瞬間、その場にいた影がイタチを残し消えた。

 

(先生動かねぇな…)

近くの茂みに隠れボルトとシカダイが様子を伺う。イタチさんはいつもならあの合図でまず身を隠すが今日は珍しくあの場所から一歩も動いていない。

(やっぱり今回で…)

この違和感の心当たりといったら一つしかない。ボルトは無意識に口内を噛んだ。

いつもはイタチさんの居場所を探すことから始まりそれで時間が過ぎることが多かった。つまり今日は、逃げも隠れもしないから一時間全力でかかって来いってことだ。

それが別れの餞別なのかただの気まぐれなのかは分からない。恐らくサラダも不安に思っているだろう、けど

(ならお望み通り、こっちも全力でやってやろーじゃん)

既に今日は皆そのつもりだ。シカダイと顔を合わせ頷くとその場を離れた。

 

子供達がいなくなり草木の揺れる音だけが耳に届く。イタチはゆっくりと目を閉じると心を鎮めた。

 

『やはりまだ負い目があるのか?』

 

しかしまだ迷いがあるのか先日問い掛けられた言葉が浮かぶ。そうだ、だから牢獄を出た後も外界との接触を断ち今まで生きてきた。

 

『アンタすっげー人なんだってな』

 

彼と初対面の時の第一声が頭を過ぎる。まだ人の優劣を単純な強さでしか判断出来ない幼い言葉だ。しかしそれはある種羨ましいとも言える。

過去の自分もただ強さを、守れる強さを求めただけだった。しかしそれで行き着いた先は血塗られた道だけだ。

(特にあの時代では…)

己の凄惨な過去が頭を過ぎりいくつもの血が、悲鳴が、嘆き悲しむ姿が今も目に浮かぶ。

 

そうして暫くすると、イタチは再びゆっくりと目を開けた。

 

一人、フードを目深に被った者が堂々と前に現れる。

全員同じ格好をし、混乱させるのが狙いだろう。しかし恐らくそれだけではないはずだ。

「ふっ!!」

相手が声を押さえ込み前に出る。型は単純なアカデミー仕込といったところか、デンキがよく使っていた。体全体を使った単調な攻撃をなんなく躱していると周りからやっと援護が来る。

投げられた二本のクナイ、それが地面に刺さると目の前の相手は早々に引き再び茂みに隠れた。

しん、と再び静寂が訪れる。こちらの動きを見ているのか、それとも作戦か。ほんの一分の間だが忍の戦いでは長すぎる時間だ。

 

さてどうでるか、と視線を逸らした途端上から二つの気配。二本の蹴りを両腕で防ぐと二人はそのまま別の攻撃に転じる。こちらが一つ躱すとそのままの体勢からさらにすぐ次の攻撃に、こんな器用な動きが出来るのはミツキかボルトあたりか。連続で続くミスのない攻撃にそろそろこちらから仕掛けるかと丁度突っ込んできた拳を脇で絡めとると前後に一人ずつ大きく投げ飛ばした。

するとその瞬間、背後からの鋭い気配にその場から一歩引くとキンっと刃物の音と共に空中で爆発が起きる。

 

(ほう…やるな)

熱と爆風を肌に感じゆっくりと体勢を立て直す。普通起爆札はチャクラを込めるか一定の時間を待つか、衝撃を加えるか、この三つのどれかで爆発が起きる。今の起爆札は明らかに通常のものより早く爆発した。つまり別の飛び道具をわざと当てに行き爆発するタイミングをずらしたのだ。おかげで少し裾が焦げた。

その上明らかに今の二つは別の場所から放たれていた。合図もなくあれ程の精密さで的中させるのはかなり高度なことだ。

(いや、あるのか)

声を上げると折角の変装の意味がなくなる、ならば別の合図を用意しているのか。確かに忍ならジェスチャーや光を使った合図もある。けれど光は今のところ使った様子は見られず、この茂みの中でハンドサインを送るのは作戦を立てることは出来ても、細かなタイミングを合わせるのは難しいだろう。

(なるほど、サラダが言っただけはある)

 

本当に今日、彼らは勝つつもりだ。

しかしこちらも簡単に負けてやるわけにはいかない。

いつの間にかホルスターから抜き取られた手裏剣が茂みに向かって四方八方に投げられ、その先の気配が大きく動く。そしてその一点を追跡するようにクナイを投げた。

上、下に降りて、木の後ろ、瞬間続けざまに投げた手裏剣がキンっとクナイの方向を変え「ひっ」と軽い悲鳴が聞こえた。

今のはいのじんか、するとガサリと後ろの木が大きく揺れイタチがいた場所にクナイが刺さる。

振り向きざまに一気にそこまで跳躍するとそこにいたのは二人、一人は体型からしてチョウチョウ、もう一人は恐らくシカダイ。するとその瞬間迷い無くシカダイが突っ込んで来た。彼がこんな大胆な動きをするのは珍しい、もしやシカダイではないか、落ちたところに罠かなにかあるか。

「っつ!!」

仰向けのまま宙を回転して相手を茂みから草原に叩きつけた。そのまま地面に降りると待機していた仲間と即座に交戦になる。これはサラダ、体重が重い俺が下になることを読んで二人が落ちた瞬間自分にだけ拳を叩き込む作戦だったようだ。

「だが、まだ浅い」

下りて来たチョウチョウの拳も交わし二対一になる。

(いや…)

背後からの加勢の蹴りをガードすると同時に前の二人も攻撃を仕掛けてくる。流石に草木の障害物があるの中での三対一は少々苦しい。

しかしようは人数を減らせばいいだけのことだ。前、後ろ、横、と動きまわり皆タイミングが重ならないよう連続して攻撃を仕掛けてくる。

 

しかしこれで分かった、先程の起爆札の件で合図をいかにして送っているか考えていたが違う。これは幾度と練習した上で成り立っているものだろう。こんな瞬間的な戦いの中合図など送る時間があるわけもない。まるで自分の弟とその友のように阿吽の呼吸で仕掛けてきているのだ。

イタチは次に来た脚を掴むとそのまま残りの二人に投げつける。まだ始まって二十分、しかしもう体感時間は一時間を越えたようだ。

ヒュッ

と左の草原から風を感じイタチは体を微動だにせず左の指先から手裏剣を投げるとその先で爆発が起きる。

しかし攻撃はその次だった。爆煙を切り裂き大きな影がイタチを襲う。風魔手裏剣、イタチは即座にクナイを真ん中の穴に三本同時に命中させるとそれはそのまま木に刺さった。

 

さぁ、次は何が来る。と気配を探るも動く様子はない。先程交戦していた三人の気配も遠ざかっていた。立て直しを図っているとも考えられるがイタチは違和感を覚える。

何故なら攻撃に間がありすぎるのだ。今までを振り返ると罠や連続の攻撃は最高で三回まで、それ以降は皆一度身を引く。多人数であれば標的に続けざまに攻撃を仕掛けるのが定石。事実今までの修行もそうだった。一つ失敗すれば誰かがそれをフォローし、次へ次へと繋いでいた。

しかし今は罠を張るでもなく複数で攻撃を仕掛けては一度引く、それを繰り返している。

(まさかその都度、作戦をたてている?)

いや流石にそれはない。あれだけの準備をしているにも関わらずそんなお粗末なことはしないだろう。

 

そのまま誰も来ず膠着状態が続く。このままではらちが明かないと再び草原に姿を出してやると待ってましたとばかりにまた二人、飛び出してきた。

一人はサラダ、もう一人は恐らくいのじんかシカダイだ。どちらかはまだ分からないがボルトの型を基にしたのか、柔拳に似た掌底を仕掛けてくるも出来はやっと及第点といったところだ。型の出来は重要ではなく相手を特定させないための手段、つまりここで鈴を取りに来ているわけではない。

どこで次が来るのか、暫く攻撃をいなし一人を茂みに向かって蹴り飛ばすと途端にもう一人もその場から逃げ出した。

どこか不可解な行動だと逃げる背中に視線を向けた瞬間キンッと聞き覚えのある音と共に爆風が起きる。

またしても間一髪といったところか、背後から来るクナイも避けると自分のホルスターに手を掛けた。

(……)

イタチは今の行動に既視感を覚えピタリと手を止める。

そこからイタチは一つの仮説をたて次に動いた。

 

その後も次々に攻撃が来るわけではなく最初に確信した通り連続は最高で三回が限度だ。パターンはバラバラだがその一部で多々既視感を覚えるものもあった。

(なら次は…)

キンっ、と爆発した先から来る風磨手裏剣を予想通りだと避け一通り終えたかのように悠々と草原に立った。

時間はそろそろ終盤に差し迫っている。そこで漸く、イタチは先程の仮説を確信に変えた。

 

なるほど、通りで攻撃の精密さの割に間が半端だったわけだ。

恐らくボルト達は“俺”を合図の代わりにしているのだ。草原に立てば数人で体術を仕掛けそれらが離れる、または攻撃され距離が出来たら起爆札を投げる。俺の標的が上になれば下に引きずり込み即座にそこに罠を張る。そういったパターンを何十個も作り攻撃していたのだ。

 

(そして攻撃にムラがあるのは自分が想定外の動きをしたから)

しかしよく出来ている。今まで同じ標的と修行し、観察をし続けていたからこそ出来た芸当だ。しかも練習もなく本番のみでそれを成功させるとは。

(…いや、もしかすると)

今までの修行もそうだったのかもしれない。少しずつパターンを試し今日初めて全てを完成させる。

(そうだとすれば流石に一杯喰わされたな)

 ゆらりと立ちあがり気配が固まる場所を睨みつける。

 

「あと五分、これで最後だ」

 

その声と同時に三人バラバラの場所から突入してくる。イタチは二方の足元にクナイを投げ三人同時のタイミングをずらすと最初に突入することになった一人と対峙する。相手は地面を蹴り宙に舞いかかと落としをくらわせるも両腕で防御した。残りの二人は鈴を狙うためか、最大限下方に沈み獣のような低い攻撃を見せる。

一人は上、残りは下というわけか。

意識がバラければその分隙が生まれやすくなる。しかしいつも通りを心がけ冷静に攻撃を凌いでいくと躱した拳が向かいの仲間に突っ込んだ。

「いった~い!」

尻もちをつきその反動で外れたフードから現れたのはチョウチョウだった。彼女もここ数週間で体術が随分向上した。大したものだと残る二人に意識を向けた途端、脚が動かなくなった。

「ぐっ!!」

防御が遅れ一人の蹴りを横腹にまともに食らう。足元を見るとチョウチョウが倒れた姿のまましっかりと自分の脚にしがみついていた。

(それもワザとか…!)

しかしもうあと一分、これを凌げば終わると次の攻撃に意識を向けた瞬間だった。

 

コンっ

 

目の前に投げられた玉。今までの起爆札などではない、これは

 

(音響弾!!)

 

キーーンッと玉が地面についた途端酷い耳鳴りが鼓膜を襲う。一歩手前で耳を塞いだが近距離だったためにあまり意味はなかった。

これで耳は使えない。音を拾えるようになるまで恐らく三十秒、しかし今の彼らには十分だ。

この時を待っていたとでもいうように全員が一気に姿を現す。

(なるほど、このためか)

前から来る掌底をかわし足を払うとフードから顔を出したシカダイはよく見ると耳栓か何かを仕込んでいた。

恐らく最初からつけていたのだろう。名前を呼ばないのは正体がバレるのを防ぐためじゃなく単に聞こえないと分かっていたからだ。

 

すると後ろから脇の下をすり抜け手を伸ばす影が一つ。勿論容赦はせず腕を掴み投げ飛ばす。

だがその投げ飛ばした先に着地したボルトは意気揚々とフードを外し右手に握りしめた鈴を掲げた。

「……っ!」

瞬間、まさかと思ったが自分の研ぎ澄まされた本能が働いたのか、

 

チリンッ

 

ボルトに目を取られた隙に皆が自分の腰にいっせいに手を伸ばしていた。やはりあれはダミー、自分の腰にはまだ鈴がついていた。

体を軽く反転させるとその全てを弾き飛ばす。

「ぎゃっ!」

「ぐっ」

「ったぁ~い!」

漸く耳が戻ると鈴の音があちこちから聞こえた。大方誰でもあの役になれるよう皆持っていたのだろう。音響弾はそのための布石か。

「あともう少し…っ!だったな」

最後に潜んでいたミツキも投げ飛ばしもう時間だと顔を上げた瞬間、

 

「しゃーんなろーがー!!」

「ぎゃあああーー!!!!」

 

体に衝撃が襲い、チリンっと音が鳴った。

 

「ボルト!大丈夫かよ!?」

 

遠くの草原に飛ばされた幼馴染に向かって叫ぶと、ボルトは仰向けに倒れふらふらになりながらもゆっくりその手に鈴を掲げてみせた。

その瞬間わっ!とフードを脱ぎ皆がボルトの下に駆け寄る。

「よっしゃー!」

「よくやったボルト!」

 

盛り上がる中自分の腰を見ると確かにそこに鈴はなかった。

最後のあの一撃、あのスピードで人一人軽々と投げ飛ばすとは、我が姪ながら末恐ろしい。その姪もボルトの下に掛け寄り頭を下げていた。

最後の十、いやもう五秒もなかっただろう。戦いとは最後の最後までなにがあるか分からない。忍の世界を少し離れただけでそんなことも忘れていたようだ。

 

「今回は一本とられたな」

振り向くとそこには外套もなくボロボロになった少年が立っていた。

「最後のはマグレだったけどな」

ボルトは一人皆の輪を抜けじっとイタチを見つめる。そしてイタチも応えるように真っすぐボルトを見ていた。

ボルトは手の中の鈴を握り締め、さっきの一連の出来事を思い返す。

 

本物を取ったフリをして鈴を掲げたが彼はすぐに気付き皆の攻撃をいなす。俺はこっちに飛んで来たサラダを受け止め慌てて顔を上げた。その先で最後に潜んでいたミツキまでもが弾き飛ばされる。

『くっそ!このままじゃ…!』

俺が走っても間に合わねぇ、万事休すかと諦めかけた瞬間、倒れていたサラダが俺の肩を握った。

『ごめんボルト!!』

『えっ?』

ドッと最大限にチャクラを溜めた左脚が地面に深くめり込み俺の体は大きく揺れた。時間までもう残り数秒、普通ならもう駄目だと膝をつくだろう。

 

でもきっと、あの瞬間、彼女の脳裏には父のあの言葉があったのだ。

 

『わりー今思いついたんだよ。俺が勝ってたとこはー…』

 

『勝ってたとこは…!』

 

「「諦めねぇド根性だ!!」」

 

『しゃーんなろーがー!!』

『ぎゃあああーー!!!!』

 

力いっぱい投げ飛ばされた俺は半ば意識を失いながらも反射的に鈴に手を伸ばした。

つまり俺達の最後の作戦は失敗、あれは咄嗟の対応だったってわけだ。けど結果はご覧の通り、見事大成功で皆は大喜びだ。

しかし俺は一人違和感を覚えそれを素直に喜べないでいた。あの一瞬、いつものイタチさんなら攻撃にも防御にも転じることが出来たはずだ。だが明らかにあの時は普段の彼にはない隙があったのだ。

「これ」

ボルトは勝利の証の鈴を差し出す。しかしイタチがそれを受け取ろうとすると奪い返すように力強く鈴を握った。

 

「まさか、最後だからって手抜いてねぇよな」

 

目の前の自分より一回り、二回りも小さな子供はキッと自分を睨みつける。それは懇願というより、修行に手を抜かれた怒りを孕んだものだ。

七班の担当になり早一ヶ月が過ぎていたが、そんな彼を見たのは初めてだった。

 

 * * * * *

 

『七代目、今回の担当上忍の件は俺でなくてもよかったはずです』

 

無事彼らの本来の担当である木ノ葉丸が戻り顔合わせも済んだ。焼肉へ行くという彼らの誘いを断り一人火影室に残ったが目の前の男は恐らく想定内だったのだろう、表情が崩れる様子はない。

 

「イタチでも問題ないってことだろ?」

「…貴方の意図は?」

「珍しいな、お前が答えを急ぐなんて」

 

昔に比べ、やはり火影としての余裕が窺える。いや、自分が知っている彼が昔すぎるのだろう。

「いい機会だから言うぞ。今木の葉は人材不足でいつでも腕のいい忍の手を借りたい。お前にも前線に出てもらう」

彼が淡々と述べたのはただの事務的な内容だけだ。

「それが七代目のご意向なら」

しかし違う、彼がそんな考えだけで過去の人間を巻き込むはずがない。

 

「…やはりまだ負い目があるか?」

するとナルトがやっと重い口調で切り出した。部屋の空気が重く、閉塞的に感じる。

「…ない訳がない」

イタチはさらりと言うがその奥に秘めた感情を想うとこちらも息が苦しくなる。

重罪人は一生幽閉か死罪にすらなる。しかし事情を知る者の中にはその罪が里の任務であれば仕方ないと言うものまで出る始末。だがそう易々とあの惨劇は割り切れるものではないのだ。

だからイタチは自身の実力を隠し一人部屋に籠り外界との接触を絶ち、牢にいた頃と変わらない生活を送っていた。しかしそれでは駄目なのだと目の前の男は言わずとも語っている。

 

「…罪ってのはどうしても消すことは出来ない。人一人の中に、本人も含めそれがある限り決して消えねぇ。けどお前の過去の罪とこれからの生き方は話が別だ」

「これからは過去の罪と決別した生き方をしろとおっしゃるのですか?」

どうして兄弟揃って極端から極端に行きたがるのか。いや、この男が自分に厳しくそんな生温い環境に身を置けないのは承知の上だ。

「罪を忘れろと言ってるんじゃねぇ。お前はあの戦いが終わってなお今、生きている。あの大戦の混乱の中、自死を選ぶことだって出来たはずだ、けどお前は選ばなかった」

ナルトはじっとイタチの目を見つめる。そこには彼と同じ大らかな広い空の色、しかしその奥には誇り高く燃え上がる、受け継がれた火の意志があった。

 

「一度でも生きると決めたんなら、辛くても前を向いて生きろ。下ばっか見てんのは自己満足だ。己の罪に浸り自分を罰し、周りから目を背けているだけだ」

 

凛とした声が響く、自分より年下だと、あまつさえ弟と同じ年の頃などと言っていられない。こんな年になってしまえば少しの差など些細なものだ。

「……」

「今ボルト達に修行をつけてやってるらしいな」

唐突な話にイタチは顔をあげる。

「それに区切りがついたらもう一度俺の下に来い、お前に言い渡すことがある」

修行ではなく、恐らく己の中での区切りだろう。覚悟を決めたら来いということか。

「承知しました」

下がっていい、と言われ一礼し背を向ける。

 

「イタチ兄ちゃん」

すると先程までの威厳が消え、七代目としてはなくうずまきナルトとして声が掛けられた。

「大切な人が苦しんでる姿を見るのは…お前が想像してる以上に辛いもんなんだってばよ」

「……」

遠くを想う切ない表情を前に、俺は何も答えることが出来ずそのまま火影室を出た。

 

きっと彼にとってそれは過去の弟のことを指しているのだろう。自分の半身のように思い弟が辛いと自分も痛くて、だから何かせずにはいられないのだと彼は過去にそう語った。

自分にも、そういう人がいただろうか。もし挙げるのであれば今は亡き親友の姿が目に浮かぶ。里のために奔走し、最後の最後まで陰から平和を支え続けようとした彼はまさに本当の忍であった。

しかしそれが如何に正しいと分かっていてもそんな彼を見るのは苦しく、毒でしかなく距離を置いたことさえあった。

そこまで思い返しふと気付く。

 

(じゃあ…俺は…?)

 

今は、逆なのか。

 

 * * * *

 

父と同じ色が自分を見つめている。

確かに油断もあったかもしれない。しかしそれも本人の実力の内、こちらの非だ。その上油断を招いたきっかけが彼らだとすればなおさらだ。

 

本当は、これで終わりにしようと思っていた。

 

七代目の気遣いでこの任についたとはいえ所詮自分は代わり、木ノ葉丸が戻ってくれば自分はまた元の生活に身を落とすつもりでいた。

勿論七代目も承知の上、そのはずだった。しかし七代目はこれを期に俺を連れ戻そうとしている、ある程度想像はしていたが。しかしそれに簡単にのってやる程自分の意志も脆くはない。自分が頑なに言えば彼は折れてくれるだろう。そう考えていた、

 

ボルト越しに遠くを見ると盛り上がる同期達の中、心配そうにこちらを見つめる影が一つ。

 

『伯父さん!』

 

七代目との話が終わり火影塔を出ると何故か姪が外で待っていた。

『どうした?焼肉に行ったんじゃなかったのか?』

『うん、そうしようと思ったんだけどダイエット中だったの思い出しちゃってさ』

明らかな嘘だが健気に待ってくれていた姪を蔑ろに出来るはずもない。

 

『もう暗くなる、家まで送ろう』

『ありがとう』

 

夕陽が沈みかけ次第にぽつぽつと街の光が灯される。

歩く道に人はおらず、その場は静寂に包まれ爽やかな風と二人分の足音だけが聞こえる。

こんな穏やかな時間は久しぶりだった。

 

『ねぇおじさん』

 

するとサラダが振り返りイタチの前で止まる。顔を上げると彼女はしっかりと自分を見つめた。

『私達、次は本気だよ。今までも本気だったけど次は絶対、必ず私達が勝つ』

その目は先程までの少女とは思えないほど鋭く、何故か先程話していた“彼”と同じ眼差しを感じた。

 

するとそのまま手を取られ互いの顔は見ず隣を再び歩き出す。

『それでさ…私達が勝ったら、また修行つけてよ!』

その声はいつもの明るい姪に戻っていた。

『ボルトもどうせ新しい術教えてくれって言うし、明日は私達と十班だけだからまたイワベエとか文句言うだろうし、メタルにも勝って貰って自信つけてあげないと。それにチョウチョウが今度また三人で甘味屋にも行こうって言ってたし、それに…』

表情は見えないが声は次第に震え、触れる手が力強く握られる。

 

『またパパが帰って来たらさ、ママも入れて四人でどこか出掛けようよ。きっと喜ぶよ、ママも…パパも…』

 

弟とまともに話したのは実はもう数年も前になる。主な原因は向こうが多忙な身ゆえだが、それはただの言い訳だ。己の罪を割り切れず、素直にただ会いに行くということさえ躊躇し続け今に至る。

『もちろん私も嬉しいな』

必死に自分との未来を描いてくれる彼女に先程の彼の言葉を思い出す。

 

(大切な人が苦しんでいる姿…)

きっと、自惚れでなければそういうことなのだろう。

自分は、どうすればいいのか。許されぬ罪に身を費やし死に絶えるか。それとも…それを背負ってでも前を向いて生きるのか。

 

ボルトの握り締めている鈴を見るともう諦めて選ぶしかない。結局あれほど悩み抜いた答えはあの一瞬で覆されてしまったのだ。

ボルトが突っ込んで来た瞬間、その奥にいた少女が視界に入った。

きっとあの時も同じ顔をしていたのだろう。

 

(あんなにも必死な彼女を見てしまったら…)

 

それもあんな、今にも泣き出しそうな顔で。

 

フッと笑いが零れボルトは気を悪くしたようだが違う、これは自分に呆れているのだ。

「そんな訳がない。それは君たちの実力だ」

「俺は納得してねぇんかんな!勝ち逃げすんなよ!」

鼻息荒く宣言すると皆がなんだなんだと集まってくる。

「そいうえば、勝ったら先生に何か教えて貰うんじゃなかったけ?」

こういうところでちゃっかりしているのがミツキだ。言いだしっぺのボルトもすっからかんに忘れていた。

「一つ教えることか…」

ボルトとサラダに一瞬緊張が走ったがイタチは特に嫌な雰囲気も見せず鈴を腰につけ直す。

 

「俺はお前達が思っているより…この里が好きだぞ」

「はぁ?」

んなの産まれた里なんだから当たり前だろ、とボルトは納得いかねぇと暴れている。

それに対しサラダはボロボロに汚れた格好のまま頬を染め、満足そうに一人笑みを浮かべた。

 

  * * * * * *

 

「来てくれると思ったってばよ」

 

翌日、朝から火影室を訪ねると七代目が自分の顔を見て自信満々に告げた。

「これも全て貴方の計算の内ですか?」

昔はどちらかといえば振り回す方だったが時が変えてくれるものもある。

「そこまで俺は優秀じゃねぇよ」

しかしイタズラが成功したように浮かべる笑みは昔と変わらない。

「ただお前が賢くて、んで誰よりも優しい奴だって昔から知ってただけだってばよ」

お前だって変わらない、と目の前の男が告げている。昔はただの子供だったというのにいつの間にこんなに成長してしまったのか。いや、彼のことは昔から認めていた。必然のことだったのだ。

「ナルト、いい火影になったな」

「アンタのお墨付きだからな!」

快活な笑みで答える姿にはこちらも笑うしかなかった。

 

その日火影室で様々な引き継ぎをした。弟だけでは手が回っていない遺跡の調査や解読、正直写輪眼がない俺が行っても役に立つのか怪しかったが、「アンタならそれがヤバいもんかそうじゃねぇかってことぐらい分かるだろ?」と言われ呆気にとられた。

どうやら今の火影様は自分をエラく信頼してくれているようだ。

「それと、カブトの孤児院に回っている子供達の様子も時々見てやって欲しい」

話に聞いている大蛇丸の人工の写輪眼を持つ者達。それも当然引き受けようと言った矢先七代目が渋い顔をする。

「俺が言えたことじゃねぇんだけどさ…サラダ達にもちゃんと会ってやれよ?」

そんなことは言われなくとも分かっている。

 

「伯父さん!」

 

サラダの元気な声があがる。

今日は修行、ではなく単にお昼を食べに来ただけだ。

「なんでアンタまでいんのよ、ボルト」

「ちょうど通りかかっただけだってばさ」

本当に、ちょうど通りかかったボルトとミツキにイタチが声を掛けこうして三人甘味屋の軒先で団子を頬張っていた。

 

あれからイタチさんとはこうやって普通に昼飯を食べたり、街で見かけたら軽い雑談をしたりと、ようは普通の関係ってわけだ。しかしサラダにとっては全てが特別に思えて仕方ないようだ。

あの修行の後、イタチさんの中で何が変わったのかは俺には分からない。けれど今のサラダを見ているときっとあれでよかったのだと、それだけは俺にも分かった。

 

「でも結局修行で勝てたのはあん時だけかー…」

はぁ、溜息をこぼすと団子が不味くなるぞ、と何故か注意された。

「しかもマグレだしね」

追いうちをかけるようにミツキが言う。お前はもう少し悔しがれ。

「そりゃ父ちゃんが言う程だから勝てねーってのは分かってたけどさ~」

「七代目が何か言ってたの?」

すると父に憧れているサラダがそれは聞き逃せないとばかりに詰め寄る。コイツの父ちゃん信仰まだ続いていたのか、出す話題を間違えた。

「イタチさんの弱点を聞いた時に言ってたんだよ、アイツはめっちゃ強いし頭もいいし…父ちゃんだって九喇嘛の助けがなかったら勝てるか分かんねーって」

「へぇ確かにそれは凄いね」

頂上決戦ともなれば少しは興味があるのか珍しくミツキが口を出す。ちなみにサラダは尊敬する父ちゃんにつくか大好きな伯父さんにつくかで悩んでいるようだ。

 

「そーそー凄い人なんだってばさ」

「どうしたら七代目や伯父さんみたいに強くなれますか!」

サラダがやっと口を開いたが結局どちらかに勝敗をあげることは出来なかったようだ。

「そういえばサラダの夢も火影だったな」

恐らくサスケのおっちゃんに聞いたか本人が言ったのか。興味がないフリをしながらも強さの秘訣となれば耳を傾けてしまう。

「七代目が火影として強くあれるのは、守りたい大切な人がたくさんいるからだよ」

そういわれ皆が共通で思い出したのが中忍試験の時だ。一人里を守ろうとその身を犠牲に大筒木と戦ったあの勇士を。

 

「…だからお前ならなれるさ、サラダ」

すると意外にも力強い言葉が返ってきてサラダは目を見開き頬を染めた。

なんだか納得いかないが心当たりがないと言えば嘘になる。だって俺も投げ飛ばされたあの瞬間、確かに彼女に父の面影を見たからだ。

多分イタチさんもその辺りを見抜いているのだろう、コイツはいい火影になるって。

 

「お待たせしましたー!」

すると感動していたサラダの目の前に山盛りの団子が置かれる。イタチさんが勝手に注文していたのだろうその気遣いは痛み入るが自分の基準で人の食べるものを注文するべきではない。案の定サラダも一瞬で現実に戻されたように固まってしまっていた。

これを全て食べろというのか、こちらに助けを求める視線が送られるが俺も今手に持っているこの最後の一本で限界だ。

目を反らすと彼女は意地になって食べ始めた。仕方ないから後で少しは手伝ってやるか。

 

「…イタチさんもそうなの?」

サラダが団子に必死になっている間ふと尋ねてみた。父が強いのは守りたい大切な人がたくさんいるから。なら彼は、

「そうだな…勿論俺もそうだ」

しかし父の話の時とは違い躊躇するような、どこか寂しそうな雰囲気で過去を思い返すように目を細める。

これ以上聞くのは不味かったかとボルトはゴクリと団子が喉に詰まりそうになるのをなんとか飲み込む。

「…けれど」

すると彼はぐっと顔を上げ青々しい空を仰ぎ見た。

 

「俺が今、凄い人として“ここにいられる”のは…こんな自分を大切に想ってくれる人達がいるからだよ」

 

そう語る彼は今まで見た中で一番清々しい、爽やかな表情をしていた。

それが誰を指しているのか、少なくとも一人は分かったつもりでいる。

 

まだまだこの人のことは分からないことばかりで、むしろ分からないことしかない。

まぁでも、それもこれから一つずつ皆と知っていけたらいいと今は思う。

 

とりあえずその目標は次の修行に勝ってからのお楽しみだと、ボルトはどこか満足した笑みを浮かべ最後の一口を頂いた。

 

END